「第9回国際中欧・東欧研究協議会幕張世界大会」を開催して

事務局長

松里 公孝 様

国際会議主催者の生の声をお伝えする本コーナーの第29回目は、2015年(平成27年)8月に千葉市で開催された「第9回国際中欧・東欧研究協議会幕張世界大会」で事務局長を務められた東京大学法学部教授 松里 公孝様よりコメントをいただきました。

会議概要

会議正式名称第9回国際中央・東欧研究協議会幕張世界大会組織委員会
開催期間平成27年8月3日から8月8日まで
開催都市/会場千葉市/幕張メッセ、神田外語大学
参加者数1,310名(外国からの参加者数783名)
ウェブサイトhttp://www.l.u-tokyo.ac.jp/makuhari2015/index_japanese.html

立候補について

日本として立候補するに至った経緯をご教示下さい。また、誘致から開催決定までのプロセスについても教えてください。

国際中欧・東欧研究協議会(以下ICCEES)は国際カウンシルと執行委員会から構成されており、当該大会の7-8年前に開催地の募集が行われます。開催6年前にICCEESの執行委員会が、その翌年の前大会開催中に行われる国際カウンシルに、どの都市を次期大会開催地として推薦するか決定します。この推薦を受けて、1年後の国際カウンシルが次の開催地を正式に決定するというプロセスです。率直に言えば、実質的な開催決定は6年前の執行委員会でなされるので、この会議までにある程度準備し、充実したプレゼンテーションを行うことが誘致合戦で勝つために重要な部分となります。
ICCEES世界大会は5年に1度の開催ですが、5回連続で欧州開催であったため閉塞感が漂っており、2015年世界大会の候補地として最初に立候補したフランス・リヨンを視察したものの、結局現地の同僚は招聘を断念しました。この頃から、国際組織としてのICCEESの正統性を守るため、2015年世界大会を日本へ誘致すべきと考えるようになりました。2008年に開催された国際カウンシルでは、英国スラブ東欧学会がグラスゴーを開催地として立候補しました。日本は「2009年2月に札幌で予定される第1回スラブ・ユーラシア研究東アジア大会を成功させる」、「ストックホルム大会に多数の日本人・アジア人が参加登録する」この2つの条件付で立候補しました。その際、当時開催場所の案がなく、困っていたところへ2009年4月、ちば国際コンベンションビューローから連絡があり候補地として幕張視察のご提案を受けました。視察の上、幕張を候補地と決定しました。そして2010年にトロントにて執行委員会の満票で日本開催が可決されました。

立候補する上で工夫された点をご教示下さい。

当初、日本には世界大会を誘致するほどの過去実績がありませんでした。そのため日本代表として、2つの条件を満たした時点で本格的に立候補すると言明しました。その2つの条件とは、①2009年2月に札幌で予定される第1回スラブ・ユーラシア研究東アジア大会を成功させ、②ストックホルム大会に多数の日本人・アジア人が参加登録することでした。2009年に入りこの2つの条件は達成されたのですが、上記のように開催候補地が決まっていないという状態でした。幕張を選定するや否や日本開催が決定されたのは、「これ以上欧州開催を繰り返せば、世界大会としての正当性が失われる」とICCEES執行部自体が危機意識を持っていたからです。上述のように、その頃、日中韓のスラブ学会の国際協力が進んでいたことも追い風になりました。

「立候補で成功するための秘訣」は何でしょうか。

ちばコンベンションビューローからのご連絡がなかったとすれば、開催候補地がないという理由のみで辞退しなければならないところでした。幕張を視察し、ビューローだけではなく、JNTOともコンタクトをとり日本での会議開催に向けて本格的な準備に取り掛かりました。ビューローやJNTOなどは誘致に関する多くのテクノロジーを持っており、例えばプレゼンテーション用のPower Pointの資料に必要となるデーター、写真などの提供や、本部役員が来日した際の視察ツアーのアレンジや、市長訪問、日本文化紹介のアトラクションの手配など、様々な場面で、誘致を成功させるための有効な手法となりました。

会議開催について

会議を実際に開催するにあたって工夫した点をご教示下さい。

開催前の1年間は、組織委員会、事務局、募金委員会などの実務機構がフル稼働しなければなりません。いずれかの大学・学部・研究所に拠点を置くことになりますが、このような責任を引き受けられる大学は限られています。今回の場合は、東大文学部が拠点となりました。
アジアで開催される大会ということで、欧米と違って、研究者がパネル提案に慣れておらず、大量の個人提案がなされました。それらを束ねて組織委員会が全体の40%を超えるパネルを組織し、またこれらが流れないように最後まで努力せねばならず、大変な負担となりました。これとも関連しますが、今までのICCEES世界大会は組織が緩く、プログラムに書いてある教室に行くと欠席者のためパネルが流れていることが、いわば風物詩でした。今回は、参加登録費の入金状況などからドタキャンを察知し、維持できないパネルは最終段階でも統廃合した結果、当日にキャンセルされるパネルを7つ(全体の2%)までに抑えることができました。
会場に関しましては、文系の会議においては30人収容の教室が30~40室必要とされるため、幕張メッセの使用は初日の大規模行事に限りました。ちば国際コンベンションビューローの紹介を受け、夏休み中の神田外語大学を大会本体のメイン会場にしました。神田外語大学は駅から一定の距離があり真夏の会場としては不利な面がありますが、キャンパスは瀟洒で、また酒井学長はじめ大学執行部が全力で支援してくれました。大学を使用すれば会場費も抑えられます。なお、PCOは使用せず、組織委員会と多数の若手研究者・神田外語大学の学生・市民ボランティアが手作りで大会を準備しました。ちば国際コンベンションビューローの仲介で、開会式での千葉市長のご挨拶、周辺の商業施設で利用できるクーポン、また千葉市からの循環無料バスなどの地元のご支援をいただきました。

会議開催後の感想

会議開催において心に残ったことがありましたらご教示下さい。

今回の会議開催にあたり、「地域として」開催するという点を意識しておりました。その一環として千葉商工会議所のお力をお借りして市民講座を開催し、各回30~40名がご参加されていらっしゃいました。どの講座においても、必ず質問が出るような活発な講座となり、参加者の皆様の水準も高く感じました。市民公開講座の参加者の方の中には、ICCEESにも一日券を買って参加しますという方もいらっしゃいました。全期間のチケットは少々高いため、一日券であればという方も多くいらっしゃったのか、一日券は想像していたよりも多く販売されました。また大学を使用して会議を行ったことも地域のユニークベニューを活用する良い機会となりました。
日本人の勤勉さゆえと思いますが、大会組織の緻密さを褒める海外からの参加者が多かったです。
日本開催の予想外の利点は、閉会式の参加者が通常の倍以上であったことに示されるように、初日から最終日まで通して参加した研究者が多かったことです。ヨーロッパで開催されますと、近隣国からの参加者は自分のセッションの前後1日くらいしか参加しない場合が多いのです。わざわざ日本まで来たのだから真面目に会議参加しようと多くの同僚が思ってくれたのが嬉しかったです。