「国際第四紀学連合第19回会議」を開催して

国際第四紀学連合第19回大会組織委員会副会長

奥村 晃史 様

国際会議主催者の生の声をお伝えする本コーナーの第28回目は、2015年(平成27年)7月に名古屋市で開催された「国際第四紀学連合第19回大会」で組織委員会副委員長を務められた広島大学 教授 理学博士 奥村 晃史様よりコメントをいただきました。

会議概要

会議正式名称国際第四紀学連合第19回会議
開催期間平成27年7月26日 から 8月2日 まで
開催都市/会場名古屋市/名古屋国際会議場
参加者数1790名(外国からの参加者数1313名)
ウェブサイトhttp://inqua2015.jp/

立候補について

日本として立候補するに至った経緯をご教示下さい。また、誘致から開催決定までのプロセスについても教えてください。

国際第四紀学連合(INQUA)は56の国と地域をメンバーとする国際科学会議(ICSU)のユニオンの一つです。INQUAの国際大会は1928年から大戦中を除く4年に一回開催され、今回の名古屋大会は第19回大会となります。4年後の開催地を国際大会で票決することが規則で定められていますが、参加国は圧倒的にヨ−ロッパが多く、これまでにアジアで開催されたのは1991年の北京大会だけでした。日本は2001年から2007年大会の東京への招致活動を始め、2003年のリノ(アメリカ合衆国)大会で立候補しました。しかしこの時は投票の結果、ケアンズ(オーストラリア)が2007年の開催地に選ばれました。2011年大会はヨ−ロッパでの開催が予想されたため次回の招致は見送り、2015年大会の日本開催を目標に2007年から招致活動を再開しました。2011年7月のベルン(スイス)大会で2015年の開催地として選ばれるためにはまず、2010年7月にINQUA執行委員会に対して招致の意志を文書で表明すること、次いで2011年5月に詳細な大会開催計画を提出することが条件でした。ベルン大会では,名古屋とサラゴサ(スペイン)が立候補しました。両都市は会期中に3回開かれる各国代表からなる国際評議員会の第1回で招致のプレゼンテーションを行い、第3回での投票を待ちました。その結果、日本で初めての2015年名古屋大会開催が決定されました。

立候補する上で工夫された点をご教示下さい。

2003年に誘致を実現できなかった原因を分析して2011年の再立候補までに何をなすべきかを検討しました。そこで国内で誘致活動の裾野を拡げること、そしてINQUA執行部とのコミュニケーションを深めるが最も重要な課題として浮かび上がりました。日本でINQUA大会を開催する場合、主催するのは日本第四紀学会ですが、学会を挙げてINQUAを招致して大会を運営していくためには、千数百名の学会員に周到な情報発信を行って意見をくみ上げる必要があります。これを時間をかけて丁寧に行うことが第一の課題でした。また、第四紀学の本質は最近258万年間の最新の地質時代について多数の研究分野から学際的に研究を行うことにあります。大会の成功のためには数十の関連学会と連絡を取りながら準備を進めることが必須でした。2005年には日本地球惑星科学連合が発足するとともに、第20期日本学術会議が従来の学問分野ごとの枠を取り払って地球惑星科学を一つの委員会にまとめる形で発足しました。これにより多くの学問分野と緊密に連絡をとりながら招致に取り組んでいく枠組ができました。一方、INQUA執行部とのコミュニケーションを改善するため、2007年ケアンズ大会で私がINQUA副会長に立候補し、幸い当選することができました。そして2008年4月には、これもINQUAの歴史上初めてとなる東京で執行委員会を開催することができました。執行部の内部で招致活動を行うわけではありませんが、執行部が大会開催地に何を期待しているかを直接知り、一方で日本国内の研究について発信をしていくことはとても役に立ちました。また2007年にも私が副会長に再選されて、2015年名古屋大会が決定した後も、大会を成功させる上で執行部との直接のコミュニケーションは一つの鍵となりました。

「立候補で成功するための秘訣」は何でしょうか。

大会の招致に立候補して開催地として選ばれるために最も重要なことは、開催地での第四紀研究が高いレベルで活発に行われ、なおかつそれが投票するメンバーである世界の国々にむけて発信されていることです。国内での研究のプロモーションは学会や学術会議から積極的に行いますが、INQUAの中でそれが認知されるためには、INQUAの研究プロジェクトへの参加、日本での国際研究集会の開催、研究成果のINQUA機関誌における公表など多くの仕事をこなさなければなりません。これを推進することが特に重要で、招致活動の前提となります。それができたうえで重要なのは、魅力的でかつ経済的な会場です。INQUAは原則大学での大会開催を禁じています。そしてきわめて学際的な研究ですから、多くの学問分野ごとに多数のセッションを同時に進めなければなりません。名古屋では13の会場で同時にセッションが行われました。また第四紀学と産業との関係は必ずしも強くはないので、参加者が負担可能な登録料だけで開催が可能な会議場が必要でした。資金面の問題を解決するためには、共同主催者である日本学術会議の経費負担、名古屋市からの援助や融資も不可欠でした。また投票が行われる大会では、開催地の魅力を伝えるブースとそこで配布する各種パンフレット類も大きな意味を持っています。名古屋への招致活動では、名古屋市とJNTOから多数のポスターや配布物、AVデータの提供を受けて参加者に効果的に日本・名古屋と会議場の素晴らしさを伝えることができました。

会議開催について

会議を実際に開催するにあたって工夫した点をご教示下さい。

今回の名古屋大会では昨年来の円安傾向と、海外からの訪日者増加の傾向に助けられて、当初計画の1,100人を遙かに上回る1,790人の登録参加者がありました。開催前は韓国で発生したMERSの動向や、ギリシア経済に端を発するユーロ危機など心配の種は尽きませんでしたが幸い大事には至らず、ヨ−ロッパ以外のINQUA大会としては従来の2倍近い参加者を集めることができました。これだけの参加者をゆとりをもって迎えられたのは、名古屋国際会議場が2000人規模の会議が可能であり、スペースに余裕がある会場を選んでいたことが幸いしました。海外からの多数参加の傾向は上記の動向が維持されれば、これからも続くと思われますので、余裕がある会場は必須と思われます。一方、登録料の設定は参加者の見積もりとの組み合わせで、主催者が最も悩む事項かと思います。海外での一週間の地球科学関連国際学会の登録料は5〜10万円が相場です。日本国内では5万円でも高すぎるという声もありますが、研究費から登録料を支出する場合、この範囲であれば問題は大きくないと思います。もちろん学生院生には大幅な割引を準備しました。参加者を多く見積もれば登録料を安くすることが考えられますが、実際には人数が増えることによる経費増も小さくありません。結果的に少人数を見積もって高めに設定した登録料を維持することでなんとか大会を乗り切ることができそうです。このINQUA大会は日本学術会議と日本第四紀学会との共同主催で、開会式には天皇皇后両陛下の臨席をいただきました。ご臨席の準備や当日の警備は大半が組織委員会の仕事となりましたが、これを実現できたのは、多数の登録参加者に加えて日本学術会議や名古屋市の支援とJNTOの交付金交付制度で集めた寄附金が鍵となりました。

会議開催後の感想

会議開催において心に残ったことがありましたらご教示下さい。

大会が始まると会場を設営して運営し、直接参加者と接して手助けをしたり問題を解決したり、あるいは酷暑の路上で誘導したりする、大変骨の折れる仕事はすべて会場委員会に託されました。会場委員会は地元名古屋とその周辺の大学・研究関係者を中心とする方々の超人的な短期集中的努力と、全国から参加した学院生を主体とする100人を超えるサポーターの尽力によって運営されました。その働きぶりは、多くの参加者に賞賛され、大会について良い印象を与える最大の要素となったと思います。海外の学会で、これだけ多くの会場委員とサポーターが整然と会場の業務を遂行するのを見たことがありません。しかし、7月末の大会は大学の前期期末試験の期間と重なったため、会場委員の大学の研究者にも、試験の合間を縫って参加してくれた学生にも大きな負担を強いる結果になってしまいました。また、日本からの参加者をもっと増やして参加者2000人を実現できなかったのは、このタイミングのせいだったかもしれません。7月末の開催は,欧米の学年暦にあわせているためで当然のことと思っていましたが、会場委員会が動き出して初めて期末試験の問題が表面化しました。大会運営にあたっては、なるべく個人の負担を小さくすることを旨としてきましたが、大会本番の火事場状況ではどうしても会場委員会に頼らざるを得ません。このような会場委員会の仕事の代行を、金銭的に大きな負担にならない形で会議場やイベント会社が提供できるシステムがあれば、このような大会を引き受けて実施することへの抵抗もきっと小さくなることと思います。