主催者の声

わずか数ヶ月のうちに世界に広がった新型コロナウイルス。その影響はさまざまな業界におよび国際会議も例外ではありません。

2020年6月、JNTOは世界の大手国際会議運営会社(PCO)が加盟するIAPCOの前会長で、ICS(International Conference Services)社の社長であるマティアス・ポッシュ氏にインタビューを行いました。バンクーバーに本拠を置く同社は、医学/教育/科学系会議に実績のある国際会議オーガナイザー(PCO)で、日本でも2017年に第18回世界肺癌学会議の運営を行っています。

コロナ禍が依然として猛威を振るうなか、国際会議は今後どのような方向へと向かうのでしょうか?そして、その課題は?

1. 新型コロナウィルス ~これまでと何が違うのか~

PCOとして20年近くの経験をもつマティアス・ポッシュ氏。これまでにもSARSやH1N1のような感染症、政情不安、経済危機、自然災害といったさまざまなハードルを乗り超えてきました。

ポッシュ氏:
今回の新型コロナウイルス禍は、地域や時期が限定されていた過去の事例と異なり、全世界を同時に襲い、すべての人々の暮らしに深刻な影響を与えています。いまだその出口は見えず、いずれの業界も先行きが不透明です。

しかし、ポジティブに捉えれば、すべての事業者が優劣なく課題に直面しているということは言えます。やがて元の市場環境にもどるのではという期待はありますが、いまその方向で計画を立てるのは無謀といえるでしょう。

2. 新しいニーズ ~オンライン開催~ への対応

2020年の当初の業績予想では、国際会議や展示会をはじめ、学会事務局、バーチャルイベントなどすべての事業において盛況と見ていたICS。国際会議や展示会をはじめ、学会事務局、バーチャルイベントなどすべての事業に成長を見込んでいました。しかし、蓋を開けてみれば、2月にバンクーバーで開催したIAPCO(国際PCO協会)第51回年次総会を含めて、わずかに3件となったようです。

ポッシュ氏:
3月中旬までの間に今年予定されていたイベントは、すべてキャンセルか延期となり、その件数は35件、会議への参加を予定していた登録者は、8万人にのぼりました。

こうした中で急激に高まったバーチャルイベントへのニーズに対応するため、体制を強化しました。それまでのICSのオンラインチームは、技術スタッフ2名、グラフィックデザイナー3名、さらに司会進行役とカスタマーサービスを合わせて15名という少人数のチームで、カスタマーサポートはオンラインだけでなく、オフラインのイベントも担当していました。2020年3月以降は、新たにICSは100名の社員全員に、バーチャルイベントのスキルとノウハウの教育をスタートしています。

オンラインイベントを重視するということは、マーケティングやグラフィクスにも力を入れるということです。オンラインイベントに参加者を呼び込むためには、相応の技術が必要となるため、マーケティング力も上げる必要があります。これからの国際会議運営では、オフライン、オンラインのどちらにも対応する必要があります。

"これからの国際会議運営では、オフライン、オンラインのどちらにも対応する必要がある"

3.オンラインの国際会議に人を呼び込むためには?

何千もの人々が一堂に会し、人脈作りや対面での議論が活発に行われる国際会議。そのすべてをオンラインで実現するのは難しいとはいえ、バーチャル会議やウェブセミナーに人を呼び込む方法はいろいろあります。

ポッシュ氏:
大きく分けて以下の4つの方法があります。

  1. オンラインツール
    従来の日本の会議のほとんどは、1時間の講演に続いて10分間のQ&Aという旧来形式のまま行われていますが、オンラインツールを活用すれば、会議を活性化することができます。

    私たちが運営するバーチャル会議では、参加者のためのチャットボックスや質問ボックスを用意しています。ディスカッションの途中や終了後に視聴者の意向を投票することもできますし、登壇者の言葉をフェイスブックやツイッターにアップして他のイベントへの参加を促すこともできます。発言には字幕がつくので、翻訳もしやすくなります。

    また、別の視点では、講演者の使うヘッドセットも重要です。性能がよくないものも多く、音声的に聞きづらいということがよく起こりますが、無料の高機能ヘッドセットを配布すればイベントの進行も円滑になり、また講演者自身も今後の機会に役立てることができるのではないでしょうか。
  2. ノウハウ指導
    オンラインイベントの開催前、私たちはそれぞれの登壇者に講演の心得、たとえば一息入れる間合いや視線の位置、オンラインツールの操作方法などを指導しています。登壇者が200名を超える国際会議もあるため、こうした指導には時間と手間がかかりますが、すべての登壇者がオンラインで円滑に振る舞えるようにすることには意義があります。緊張のため、講演者がぎこちないウェブセミナーは、可能な限り回避すべきです。
  3. 機密データの保護
    セミナーでは、講演者は未公開データの拡散を非常に懸念しています。データの保護は、オフライン会議もふくめ以前からの課題です。そのため私たちICSでは講演者の求めに応じ、機密重視のデータは録画から削除するようにしています。ライブ講演では説明資料の中でこうしたデータが公開されることもありますが、講演が終わったあと録画では見ることができません。
  4. 開催期間
    会場施設を伴わないバーチャル会議の場合、開催期間を特定の日時に制限する必要はありません。1日3時間のバーチャル会議を4、5週にわたって開催するというのが私たちICSの方法です。こうすることで日時を変えて会議録画を何度も流すことができ、時差のある地域に住む人にも講演内容を届けることが可能になります。

    ライブセッションは少なくともタイムゾーンの異なる2つの主要地域に向けて開催されるので、真夜中に起きて講演を聴く必要はありません。また開催されたセッションの多くはオンデマンド配信でいつでも見ることができます。
  5. 息抜き
    毎日3時間のセッションの合間に、私たちICSは豆知識クイズや画像シェアといった簡単なものから、ダンスレッスンといった大がかりなものまでさまざまな息抜きを挟んでいます。

    こうした企画は日替わりで、誰もが楽しめるようになっています。月曜日にはヨガ、水曜日にはバーチャル博物館ツアー、金曜日には持ち寄りの飲み会といったように。5週間のイベント期間中、人脈作りや交流の時間も豊富に盛り込むようにしています。企画には手間がかかりますが、やってできないことではありません。
"オンライン会議の成功には、いままでにない工夫や企画をする手間暇が重要"

4.ハイブリッドがメインに

ハイブリッドイベントは、会場での開催とオンライン開催を組み合わせた方式ですが、運営管理が難しく、両方のインフラコストがかかるため、ICSが本社を置くカナダ国内ではまだあまり行われていないようです。しかし、ポッシュ氏は、新型コロナウイルスの感染拡大のなか、国際会議を行う唯一の方法がこのハイブリッドであると考えています。

ポッシュ氏:
現在は、国際会議に足を運ぶ参加者の、約8割はオンライン化を希望しています。また、ハイブリッドイベントにはより多くの参加者が集まります。オンラインや、ハイブリッドイベントは、渡航が制限されている現在のような状況下では有効な方法です。

また、ハイブリッドイベントは、将来的にオンライン参加者をオフラインイベントに呼び込む良いきっかけとなるとともに、録画されたセッションはさらなる収益にもつながります。ハイブリッドの開催には初期費用がかかるものの、長期的には、ハイブリッドはより大きなメリットと利益をもたらします。

"ハイブリッド開催は、長期的により大きなメリットと利益をもたらす"

5. 開催都市・会場の新しい選択基準とは

新型コロナウイルスの影響により、開催都市の選定基準として"安心安全"がより重視されるようになっています。これは一時的なものではなく、今後も一定程度続く可能性があります。

ポッシュ氏:
清潔で衛生的であることが第一に求められるため、衛生コンプライアンスの認定制度を提唱する声もあります。会場ではソーシャルディスタンスを確保し、食事やコーヒーブレイクの提供でも混雑を避ける方法を考える必要があります。

また、バーチャルでの会場視察が常識となり、高品質のAV機器も重要な要素になるでしょう。感染防止対策として、会場を分けてイベントを開催するPCOもあるようです。例えば、参加者2,000名の会議を1カ所で開催する代わりに、500名ほどの小規模な会議を4回、地域を変えて開催することが考えられます。

また、コロナ禍の現在は会場側に柔軟性が求められます。ソーシャルディスタンスの必要性から座席数の半分しか使用できませんが、それに伴う追加コストを請求するのは短絡的な判断であり、ビジネスでは裏目に出ます。お客様の予算が赤字となるようでは、仕事自体がなくなってしまうので、どちらにとってもいい結果にはなりません。

このため、私たちICSでは必ず会議施設に対して埋め合わせを考えています。会場をキャンセルしたときは、そのイベントを2022年か2023年に開催するようにしています。主催する側と受け入れる側、誰もがお互いにこの状況をやり過ごせるよう、気を配っていく必要があります。

"「安心・安全」とともに、「柔軟性」が重要視される"

6. 価値ある"日本体験"を

感染予防が話題になるなか、日本はこれからもっと優位性を発揮できるのではないでしょうか。

ポッシュ氏:
日本では、普段から人々が自然にマスクを着用し、工事現場では掃除が行き届き、タクシーのシートには白いリネン、ドライバーは白手袋をしています。こうした日常風景は日本人にとっては当たり前のことですが、海外の人々にとってはアピールポイントとなります。寺や神社、花見などとともに、新たな"日本体験"として訴求できるのではないでしょうか。

今後、日本で開催される国際会議はもっと増えていくと思います。しかし、そのとき日本は過去のやり方から抜け出していなければなりません。今回の新型コロナウイルスの経験から、国際会議の参加者が求めるものは、これまでの資料やデータといったものから大きく変わります。広い人脈作りや専門家同士の交流、研究分野に関わる貴重な実体験を、彼らは求めているのです。

このため、高い航空運賃を払っても会議に参加したい、と思わせるような理由づけが必要です。たとえば仙台で開催予定の第17回地震工学会議。海外からの来日で、仙台を訪れる機会は多くはありませんが、国際会議に出席しながら、大震災の災禍から立ち直った街の姿を実際に目にすることができるなら、それは単なる会議出席以上の意味があります。そのような現地視察や、研究分野に関係する高度な実体験といったものが、参加の大きな動機付けとなるのです。

この意味で、日本には、まだまだできることがあります。本来であればもっと多くの国際会議が誘致されてもおかしくないにもかかわらず、複雑で、時には融通の利かない日本の商習慣により海外のPCOによる運営がしづらいという側面があります。しかしながら、新型コロナウイルスはその状況を変えつつあります。これまでの常識から新しい常識へ移るには、難しさが伴いますが、これからも自信を持って日本での会議開催を進めていこうと考えています。これはある意味で日本にとっても絶好の機会だと思います。

"日本開催だからこそ可能な人脈作りや専門家同士の交流、研究分野に関わる貴重な実体験が参加の大きな動機に"